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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)273号 判決

本訴原告(反訴被告)

高杉建設株式会社

右代表者

春日健司

右訴訟代理人

宇津呂雄章

和泉征尚

宇佐見貴史

辻芳廣

本訴被告(反訴原告)

鈴木久四

右訴訟代理人

二村豈則

主文

一  本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一八〇万五〇〇〇円及び右金員に対する昭和五六年二月一一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  反訴原告(本訴被告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴・反訴を通じてこれを四分し、その三を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  本訴原告(反訴被告)

1  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し金四八二万一四〇〇円及び右金員に対する昭和五四年三月二五日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は本訴・反訴を通じて本訴被告(反訴原告)の負担とする。

4  1項及び3項につき仮執行の宣言

二  本訴被告(反訴原告)

1  反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し金三四七万四一九二円及び右金員に対する昭和五四年五月一〇日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は本訴・反訴を通じて本訴原告(本訴被告)の負担とする。

4  1項及び3項につき仮執行の宣言

第二  当事者の主張

一  本訴原告(反訴被告)の本訴請求の原因

1  請負契約の締結

本訴原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)と本訴被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)は、昭和五三年一〇月一二日、左記内容の建物(被告住宅)建築工事請負契約(以下、「本件請負契約」といい、これに基づいて施工された工事を「本件工事」と、これによつて完成される筈であつた建造物を「本件建物」という。)を締結した。

(一)注文者  被告

請負人  原告

(二)建築場所  岐阜県各務原市緑苑西四−八三

(三)請負代金  一三八〇万円

(四)工期  着工は工事許認可の日から一〇日以内、完成は着工の日から一二〇日、引渡は完成の日から一〇日以内

(五)契約解除約款  被告の責に帰する理由による工事の遅延もしくは中止期間が工期の三分の一以上または二箇月以上になつたときは、原告は本件請負契約を解除することができる。契約を解除したときは、工事の出来高部分と検査済の工事材料を被告に引き渡すものとして精算を行なう。

2  工事の実施

昭和五三年一一月一七日、建築主事より建築確認を受けたので、原告は同月二〇日本件工事に着工し、同年一二月六日に棟上げをするに至つた。

3  被告の責に帰する理由により工事中止

ところが、昭和五三年一二月一一日に至り、被告は突然原告に対して本件工事の続行を禁止する旨の通告をした。その理由は、契約上建物が総桧造となつているのに実際にはそのように施工されていないことなどであつたが、そもそも契約上建物が総桧造とはなつていないのであつて、被告の工事続行禁止通告は全く理由のないものである。原告は被告に対し工事続行を要請したが、被告はこれを拒絶したので、被告の責に帰する理由による工事中止は、昭和五三年一二月一一日から工期の三分の一である四〇日を経過した昭和五四年一月二〇日以後も続いた。

4  請負契約の解除

そこで原告は被告に対し、昭和五四年一月二七日到達の書面で、前記1(五)記載の契約解除約定に基づき、本件請負契約を解除する旨の意思表示をした。

5  損害

(1) 原告が被告から一方的に工事中止を通告されるまでの間になした出来高部分の工事費用は、左記のとおりである。

①木材費    一九〇万〇四〇〇円

②大工手間   七〇万円

③釘・金物   四万八〇〇〇円

④レッカー費  三万三〇〇〇円

⑤基礎工事   五一万円

⑥諸経費    五〇万

⑦確認申請料  七万円

⑧運搬費    二〇万円

⑨仮設工事費  七万円

⑩養生費    八万円

以上合計四一一万一四〇〇円

(2) 原告が本件請負契約の工事を完成した場合の得べかりし利益は一七一万円である。

(3) 以上のとおり合計五八二万一四〇〇円が被告の施工妨害により原告が被つた損害であるが、原告は被告から本件請負契約の契約金として一〇〇万円を受領しているので、右を控除した残額四八二万一四〇〇円を本訴において請求する。

よつて原告は、被告に対し、本件請負契約の解除に伴う損害として金四八二万一四〇〇円及び右金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年三月二五日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実のうち、本件請負契約の(五)の約定は否認、その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、建築主事より建築確認を受けたことは不知、その余の事実は認める。

3  同3の事実のうち、契約上本件建物が総桧造になつていないこと及び被告の工事続行禁止通告が全く理由のないものであるとの点は否認し、その余の事実は認める。後記三の2に記載したとおり、原告の工事は契約内容に甚だしく反する杜撰なものであり、被告の工事続行禁止通告は正当な理由に基づくものである。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実のうち、被告が原告に対し契約金として一〇〇万円を支払つたことは認めるが、その余の主張は争う。

三  被告の反訴請求の原因

1  本訴請求の原因1に同じ(但し、同項中の(五)の特約は除く)。なお本件請負契約に際しては、建築建物は住宅金融公庫の融資対象となることを前提として締結されたものである。

2  ところが、本件請負契約により原告が実施した工事は、昭和五三年一二月一〇日段階で、以下の諸点において契約内容に違反して極めて杜撰なものであつた。

(1) 建物の基礎に関するもの

① 本件建物の基礎の位置が、契約よりも東へ三一センチメートル、南へ七センチメートルずれており、このため敷地利用や日照の点で著しく不利になつている。

② 契約では基礎コンクリートの下部にはぐり石が敷かれることになつているが、実際にはこれがほとんど敷かれていない。

③ 契約では基礎のベースは厚さ一二〇ミリメートル、その上の基礎コンクリートの高さは五五〇ミリメートルとなつているが、実際には基礎のベースは厚さ約八〇ミリメートル、基礎コンクリートの高さは四八〇ないし五四〇ミリメートルしかない。

④ 契約では基礎のコンクリートには鉄筋を入れることになつていたが、実際にはほとんど入つていない。

⑤ 契約では玄関部分の基礎は一段低くして施工されることになつているが、実際には玄関口西側で約三二センチメートル基礎が欠落しており、そのためその部分では柱が宙に浮いている。

⑥ 基礎の通気孔のくぼみの上に渡された土台木に最も荷重のかかる通し柱が乗せられており、通し柱を土台木一本で支える形になつていて、建物の強度上問題がある。

(2) 建物の使用材に関するもの

① 契約では構造材等の主要部材については桧材を使用する(但し一部見えない部分についてはこの限りでない)ことになつていたが、実際にはほとんど安い外国産の栂材が使用されている。

② 契約では通し柱については一二〇ミリメートル角、管柱については一〇五ミリメートル角の木材を使用することになつていたが、実際にはほとんどの柱に一〇〇ミリメートル角以下の細い木材が使用されている。

③ 契約では柱と柱との間に入れる筋かいは、大壁の部分については幅一〇五ミリメートル、厚さ四五ミリメートル、その他の部分については幅九〇ミリメートル、厚さ一五ミリメートルで大節のない木材を使用することになつていた。しかし実際には大壁の部分で幅九七ミリメートル、厚さ二八ミリメートル、その他の部分で幅七五ミリメートル、厚さ一五ミリメートルでしかも大節のある木材が使用されている。

④ 契約では屋根裏及び軒先を支える垂木は、四〇及び六〇ミリメートルの木材を使用することになつていたが、実際には右寸法以下のしかもバラバラの寸法の木材が使用され、中節のみられる粗悪なものが多い。

⑤ 契約では土台と土台、梁と梁との間に取り付けられる火打ちには大節のない良質の木材を使用することになつていたが、実際には大節のある粗悪な木材が使用され、既に折損しているものがある。

⑥ 契約では野地板は厚さ一五ミリメートルの板を使用することになつていたが、実際には厚さ八ミリメートルの板が使用され、しかも多くの板は腐食している。

⑦ 一階応接間の南側にある通し柱には不要な切り込み傷がつけられている。

⑧ 柱や梁に腐食した材木や割れている材木が随所に使用されている。

(3) 建物の構造に関するもの

契約では二階洋間の床から天井までの高さは二四〇センチメートルあることになつていたが、実際には原告が二階屋根と梁との間に入れる束を忘れたために二〇一センチメートルしかなく、中二階の如く居住性が極めて悪い。

(4) 建築工事の運営に関するもの

契約では本件工事は原告が直営で施工するということであつた。ところが実際には原告は訴外大口総合建設工業社こと大口栄善に本件建築工事を一括下請させ、さらに右大口は訴外カワイ産業株式会社に一括下請させている。

3  以上のとおりおびただしい工事の瑕疵が明らかになつたので、被告は原告に対し、昭和五三年一二月一一日、とりあえず本件工事の続行中止を通告し、さらに同年一二月二七日付書面で、基礎部分以外の構造物を撤去すること及び構造材に桧材を使用して工事をやり直すことを求め、新たな仕様書を昭和五四年一月一〇日までに提出すべく、もし右期間内に新たな仕様書が提出されないときは本件請負契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は昭和五三年一二月二七日頃原告に到達した。ところが、原告は右期限までに新たな仕様書を提出しなかつたので、昭和五四年一月一〇日をもつて本件請負契約は解除されたのである。

4  被告は、原告の右のような契約違反工事によつて以下のとおり合計三四七万四一九二円の損害を被つた。

(1) 本件請負契約の成立に際して代金の一部として原告に対して支払つた一〇〇万円

(2) 右契約書に貼用した印紙代として一万円

(3) 上棟式に際して社会慣習上の儀礼として大工に支払つた祝儀及び飲食代として二一万六四〇〇円、職人の茶菓子代として二三〇〇円、合計二一万八七〇〇円

(4) 建築士・住宅工事検査専門建築事務所等に本件建物の調査費用として支払つた一一万六〇〇〇円

(5) 本件建物の欠陥についての調査のための写真代として六万〇六〇〇円

(6) 本件建物の欠陥についての調査、弁護士との打合せ、裁判手続等のため出向いた被告の交通費として一七万四六三〇円

(7) 印鑑証明書交付費用一〇〇円、相談料五〇〇〇円、登記簿謄本交付費用として一五〇〇円、寸志四〇〇〇円、隣家への土産代五〇〇円、以上合計一万一一〇〇円

(8) 本件建物が契約上の履行期である昭和五三年末までに完成せずに入居できなかつたため、被告が従前の家屋を賃借して居住したことによる賃料額として八八万三一六二円

(9) 弁護士費用として一〇〇万円

よつて被告は原告に対し、その債務不履行による損害賠償請求権に基づき、前記損害金合計三四七万四一九二円及び右金員に対する弁済期の経過した後である昭和五四年五月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2(1)  同2(1)の事実について

① 同①は否認する。

② 同②のうち、契約では基礎コンクリートの下部にぐり石が敷かれることになつていたことは認め、その余の事実は否認する。

③ 同③のうち、契約の内容は認めるが、その余の事実は否認する。コンクリートの高さとはポイント(本件の建物北東角)における高さを意味し、敷地の起伏により他の場所では多少の差異があることは事実であるが、基磯の最上面を水平にする以上当然のことであり、契約に違反するものではない。

④ 同④は否認する。契約上基礎コンクリートに鉄筋を入れることになつていない。ただ実際には原告のサービスで鉄筋が入つている。

⑤ 同⑤は認める。但しこれは後に柱と敷地との間に玄関土間を作る際、柱の下を空けておいた方が柱と玄関土間が密着することになるので敢えてそうしているものであつて、契約違反になるものではない。

⑥ 同⑥も認めるが、建物の強度上問題があるとの主張は争う。

(2)  同(2)の事実について

① 同①のうち、ほとんど栂材が使用されていることは認めるが、その余は否認する。

② 同②のうち、実際にはほとんどの柱に一〇〇ミリメートル角以下の材木が使用されていることは否認し、その余は認める。一部の管柱については被告主張の寸法しかないものもあるが、それはカンナで削つて仕上げをしたためであり、それ故に契約違反になるものではない。

③ 同③のうち、契約内容の事実は認め、その余は否認する。被告主張の筋かいは仮打ちのものに過ぎない。

④ 同④のうち、垂木に中節のみられる粗悪なものが多いことは否認、その余は認める。垂木材の不揃いは僅かにすぎず、建物の構造、美観に何らの影響も及ぼすものではない。

⑤ 同⑤は否認する。

⑥ 同⑥のうち、実際に厚さ八ミリメートルの板が使用されていることは認めるが、その余は否認する。

⑦ 同⑦は認める。但し強度上影響を及ぼすものではない。

⑧ 同⑧は否認する。

(3)  同(3)の事実は認める。但しこの点については二階洋室の天井は当初の高さで張り、室内に露出してくる梁を化粧することで原、被告の間で既に話し合いが成立しており、被告変更の合意があつたものである。

(4)  同(4)の事実は否認する。契約上全工事を原告直営で施工することにはなつておらず、また訴外大口栄善への下請は分割発注であつて一括下請ではない。

3  同3の事実は認めるが、昭和五四年一月一〇日を以て本件請負契約が解除されたとの主張は争う。請負契約の解除は、既に施工された部分が契約の内容と程遠くて補修しても契約の目的を達成できない場合、あるいは既に施工された部分だけでは当事者の利益とならない場合にのみ解除の遡及効が認められるのであり、本件は右の場合に該当しないから、既施工部分の撤去を求めることはできないのであり、被告の契約解除の主張は理由がない。

4  同4の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一本件の本訴・反訴を通じての主たる争点は、要するに原告が本件請負契約に基づいて施工した建築工事に契約違反があるか否かということである。そこでまず被告の主張する契約違反工事の点、すなわち反訴請求の原因2の事実から検討する。

1  同(1)の事実について判断する。

(1)  同①について

<証拠>によれば、本件建物の基礎の位置は、敷地西側境界線を基準にすれば東へ三一センチメートル、敷地北側境界線を基準にすれば南へ七センチメートルそれぞれ契約上の位置よりずれていることが認められるが、同時に右証拠によれば、敷地東側境界線との距離は、右のように東へ三一センチメートルずれたにもかかわらず、逆に契約より八センチメートル増加していることが認められる。この結果は、敷地実測面積が図面上の面積よりも広かつたことによるものと考えられるから、敷地利用や日照の点で著しく不利になつているとはいえず、結局同①の事実はこれを認めることができない。

(2)  同②について

契約上は基礎コンクリートの下部にぐり石が敷かれることになつていたことは当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、外側の基礎コンクリートの下部にはぐり石が敷かれていたが、間仕切り部分の基礎コンクリートの下部にはぐり石が少なく、特に和室の間仕切り部分についてはぐり石がほとんどなかつたことが認められる。

これに対し、<証拠>本件工事の状況を撮影した写真であると認められる検甲第二号証の一ないし六は、外側の基礎コンクリートの部分を撮影したものにすぎず、右認定を左右するものではないし、また<証拠>も、基礎コンクリート下部全体にもれなくぐり石を敷いたことを直ちに推認させるものとはいえず、前記認定を覆えすに足りるものではない。

したがつて、同②については、少なくとも和室の間仕切り部分の基礎コンクリートの下部にほとんどぐり石が敷かれていない限度で、これを認めることができる。

(3)  同③について

契約上は基礎のベースは厚さ一二〇ミリメートル、その上の基礎コンクリートの高さは五五〇ミリメートルとなつていたことは当事者間に争いがない。

まず基礎のベースの点については、<証拠>によれば、基礎のベースの厚さは実際には八〇ミリメートル程度しかないことが認められる。

次に基礎コンクリートの高さについては、<証拠>によれば、基礎コンクリートの高さは建物北東端付近(台所部分)で約五四〇ミリメートル、その他の部分では約四八〇ミリメートルから五四〇ミリメートルしかないことが認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、契約上の基礎コンクリートの高さはポイント地点(本件の場合は建物北東端)のものであつて、基礎コンクリートはその最上面が水平でなければならず、一方敷地には多少の起伏があるため、他の地点においては高さに多少の差異が出るのは当然であることが認められる。本件工事において基礎コンクリートの高さの差異は最大約六センチメートルであり、この程度の差異は敷地面の状況によつて生じるものと推認されるし、またポイント地点である建物北東端付近において約一センチメートル低くなつてはいるが、右乙第三四号証による計測地点は建物北東端と若干ずれており、その計測も厳密に正確なものでないから右程度の差異があることをもつて契約違反があるということはできない。

したがつて、同③の事実は一応これを認めることができるが、原告の契約違反といえるのは基礎のベースの厚さ不足の点だけということになる。

(4)  同④については、基礎コンクリートに鉄筋が入つていないことを認めるに足りる証拠がないから、契約内容の点については判断するまでもなく、被告の主張は認めることができない。

(5)  同⑤の点、すなわち玄関部分について

基礎コンクリートが欠落していることは当事者間に争いがない。

ところで原告は、これは後で玄関土間を作る際に、柱と玄関土間を密着させるために敢えてそうしているのである旨主張するが、<証拠>によれば、玄関部分の基礎コンクリートの欠落は約四〇センチメートルに及び、土台の支えがないという状態になつていることが認められるのであつて、単に柱と玄関土間を密着させるために右のような状態が必要であるとは到底考えられず、原告の右主張は採用できない。

したがつて、右玄関部分の基礎コンクリートの欠落は原告の歴然たる契約違反となるものである。

(6)  同⑥の点、すなわち基礎の通気孔のくぼみの上に渡された土台木に最も荷重のかかる通し柱が乗せられていることは、当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、右事実の状態は建物の強度上大いに問題があることが認められるのであり、被告の同⑥の主張もこれを認めることができる。

2  同(2)の事実について判断する。

(1)  同①のうち、本件建物に実際にはほとんど桧材ではなくて栂材が使用されていたことは、当事者間に争いがない。

ところで被告本人の供述の中には、被告は原告の展示場のモデルハウスを見て原告に本件建物の工事を注文することになり、本件請負契約の締結に当つては原告との間で、モデルハウスを参考として構造材等の主要部材については一部外部からは見えない部分を除いて桧材を使用する旨の約束をしたが、右にいう「一部見えない部分」が具体的にどの個所を指すのかということは明確にしておらず、また右約束の書面化もしていなかつたとの部分がある。

しかしながら使用材の種類という重要事項が口頭の約束のみでなされたということは、被告が建築関係については素人であることを勘案してもいささか不自然であるし、そもそも桧材を使用しなくてよい一部の見えない部分が具体的にどの部分を指すのか明らかになつていない状態では、契約の内容自体が不明確であると言わざるを得ない。さらに<証拠>によれば、前記モデルハウスにおいて桧材が使用されているのは和室の柱の部分だけに過ぎないことが認められるから、モデルハウスを契約の基準にしたというのであれば、被告主張の如き約束がなされたことにはならない。

また<証拠>によれば、本件工事において実際に使用されている木材は、請負金額に比してかなり安価な粗悪材であるとされているが、木材価格の比較基準自体が必ずしも明確でなく、請負金額のみから構造材のほとんどに桧材を使用する内容の契約であつたと推認できるものではない。

したがつて被告本人の供述は被告の主観的意思を示すにとどまり、構造材のほとんどについては桧材を使用する旨の契約が成立していたとまでは認められない。よつて同①の事実は、これを認めることができない。

(2)  同②について

<証拠>によれば、本件の建物の通し柱については一二〇ミリメートル角の木材が使用されている所もあるがこれを下回つた細い木材が使用されている所もみられ、管柱についてはそのほとんどが一〇〇ミリメートル角を数ミリメートル程度下回つた木材が使用されていることが認められる。<証拠>により本件工事に用いられた木材を撮影した写真と認められる検甲第一号証の一二ないし一五は、一部特定された柱の計測の結果にすぎず、右認定を覆えすに足りるものではない。

ところで被告本人の供述の中には、本件請負契約の締結に際し、原告との間で、通し柱については一二〇ミリメートル角以上、管柱については一〇五ミリメートル角以上の木材を使用することを約したとの部分がある。通し柱については、右に認定したとおり現実に一二〇ミリメートル角の材木が使用されているものもあるから、右証拠によりそのような契約であつたと認めることができるが、管柱についてはいずれも一〇五ミリメートル角を大幅に下回つた木材が使用されており、設計図面その他の書類にも一〇五ミリメートル角の木材を使用する旨の記載がみられないことから、右証拠のみでは一〇五ミリメートル角以上の木材を使用する契約であつたとは認められない。ただ本件請負契約によつて建築される建物は、住宅金融公庫の融資対象建物となることを前提として右契約が締結されたものであることは当事者間に争いがないから、原告は本件請負契約上融資対象建物としてその旨の検査に合格する建物を建築すべき義務があることになる。そして<証拠>によれば、融資対象建物は柱としてひき立て(鋸で切断した状態でカンナをかける前の状態)一〇〇ミリメートル角以上の木材を使用しなければならないことになつていることが認められるから、原告には管柱に一〇〇ミリメートル角以上の木材を使用すべき義務があるべきところ、実際には右に認定したとおり、ほとんどの管柱は一〇〇ミリメートル角を下回つた細い木材が使用され、そのために<証拠>にある通り本件建物は融資対象建物としての審査合格に至つていないことが認められるのである。

これに対し原告は、住宅金融公庫の基準はひき立て状態のものであつて、カンナをかけたことによつて一〇〇ミリメートル角を少々下回つても何ら問題になるものではない旨主張し、<証拠>の中には右主張に副う部分がある。しかし<証拠>によれば管柱は外からは隠れてしまうものがかなりあるため、そもそもカンナがかけられていないものが相当あることが認められるのであつて、原告の右主張は採用できない。

(3)  同③について

同③のうち、契約上の筋かいの寸法については当事者間に争いがない。

原告は、被告の指摘する筋かいは仮打ちのものに過ぎない旨主張するが、<証拠>によれば、本件建物において仮筋かいも確かに若干はみられるものの、本筋かいも相当数あることが認められるのであつて、原告の右主張は採用できない。そして、<証拠>によれば、同③の事実はこれをその通り認めることができる。

(4)  同④について

同④については、垂木に中節のみられる粗悪な物が多いことを除いて、当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、垂木に粗悪材が随所に用いられていることが認められる。なお垂木材の寸法の不揃いは建物の構造に影響を及ぼす程度にまで至つているとまでは認められない。

(5)  同⑤について

<証拠>によれば、火打ちは建物の歪みを防ぐために設けられるものであることが認められるから、これに大節のない良質の木材を使用すべきことは当然である。そして<証拠>によれば、本件建物の火打ちの一部には大節のある粗悪材が使用され、特に多少の外力によつて簡単に折損してしまつたものまであつたことが認められる。

したがつて、同⑤の事実はこれを認めることができる。

(6)  同⑥について

同⑥のうち、野地板に厚さ八ミリメートルの板が使用されていることは、当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、契約上は野地板に厚さ一五ミリメートルの板が使用されることになつていることが認められる。

また<証拠>によれば、野地板に既に腐食した板が相当数使用されていたことが認められる。したがつて同⑥の事実はこれを認めることができる。

(7)  同⑦について

同⑦の点、すなわち通し柱に不要な切り込み傷がつけられていることは当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、右の切り込み傷が通し柱の強度に一定の影響を及ぼしているものと考えられる。

(8)  同⑧について

<証拠>によれば、柱や梁に使われている木材の中には、割れていたり、大節があつたり、腐食していたりする材木がかなりの箇所で使われていることが認められるから、同⑧の事実はこれを認めることができる。

3  同(3)の事実、すなわち二階洋間の床から天井までの高さが契約よりも三九センチメートル低くなつたことは、当事者間に争いがない。

原告は、右の点については被告との話し合いの結果契約変更の合意が成立した旨主張し、<証拠>によれば、昭和五三年一二月六日の本件建物の上棟式の際原告の従業員である訴外半田美樹が建築現場で被告に対し、右の事態に対して工事のやり直しと梁の化粧による方法のいずれを選ぶか問うたところ、被告は梁の化粧だけで良い旨答えた旨の記載がある。しかし建築については全くの素人にすぎない被告が、建築現場での原告従業員の簡単な説明だけで事態を十分把握した上契約の内容を変更する意思表示をしたとは考え難く、被告本人尋問の結果に照らし、<証拠>の記載は採用できない。よつて原告の右主張も採用できないことに帰す。

4  同(4)の事実について判断する。

被告本人の供述中には、契約上は本件工事は原告が下請に出すことなく自ら直営で施工することになつていたとの部分がある。

しかし本件のモデルハウスのパンフレットである<証拠>の中にも、原告の直営施工は記載されておらず、また<証拠>によれば、本件工事を担当した原告の名古屋営業所は、建物建築工事に際しては訴外大口総合建設工業社こと大口栄善などに下請けに出すのが通常であることが認められるのであつて、ごく普通の建築工事にすぎないと考えられる本件工事のみについて、原告が特に直営で施工することを約したとは到底考えられず、被告本人の前記供述は採用できない。

他に同(4)の事実を認めるに足りる証拠はなく、結局同(4)の事実はこれを認めることができない。

5 以上の判断をまとめると、本件建物の状況は以下の通りとなる。なお後述する通り右建物は工事途中において被告が申し立てた仮処分によつて撤去されるに至つたので、以下に述べるのは、基礎工事が終了し、その上に柱及び屋根の構造体ができるまでの段階で生じたもののみである。

(1) 基礎部分に関しては、間仕切り部分の基礎コンクリート下部にあるべきぐり石が少なく、特に和室間仕切り部分にはほとんどこれが敷かれていない。基礎ベースの厚さは契約より約四〇ミリメートル不足し、また玄関部分については基礎コンクリートがそもそも欠陥している。

更に建物全体の荷重を支える通し柱のうちにはこれが基礎コンクリート部分の通気孔くぼみの上に来て、右柱を支えるのが中空たるくぼみであつて、「基礎」コンクリートがその用をなしていない所がある。

(2) 使用材に関しては、通し柱のうちにも随所に契約による太さを下回つているものが見られ、管柱はその大部分が契約による基準に達していず、従つて本件建物は住宅金融公庫の融資基準を満たさない。

また筋かいとその太さが契約による基準に至らず、大節が目立つ。

更にその余の柱、垂木、火打ち、野地板に至つては、いずれも寸法が不足し、かつ不揃いであるだけでなく、その材質が極めて粗悪であつて、既に折損しているもの、腐食してボロボロになつているものまでがあり、また不要な切り込み傷が随所に見られる。

(3) 建物の構造については、二階洋間の天井の高さが契約より約四〇センチメートル低くなり、二階というよりも中二階ともいうべき状態となつている。

こうしてみると、本件建物には工事途中までの段階においてもおびただしい基礎的欠陥が存するものといわざるを得ず、原告の契約違反(債務不履行)はまず明らかである。特に前記の使用材に関する部分は、居住用建物として備えるべき最低限の強度すら維持し得ていなかつたものと考えられ、物理的にも信義上も到底工事の続行に堪えないものと判断されるのである。

6  なお<証拠>によれば、被告は昭和五四年三月、原告の本件建物に関する工事が契約違反であり、その債務不履行を原因として本件請負契約を解除した旨主張して、岐阜地方裁判所に対し、原告を被申請人として妨害物(工事途中の本件建物)の撤去を求める仮処分を申請したこと、同裁判所はこれを容れ、同年五月一〇日にその旨の仮処分命令を発したこと、本件建物は結局右仮処分命令に従つて取毀、撤去されるに至つたことが認められる。即ち現在土地上には何の構造物も存在していない。

二そこで原告の本訴請求について以下判断する。

1  本訴請求の原因1及び2の事実、すなわち本件請負契約の締結及び工事の実施の事実については、その大筋において当事者間に争いがない。

2  そこで、同3の事実、すなわち昭和五三年一二月一一日の被告の原告に対する本件工事続行禁止の通告が被告の責に帰すべき事由によるものといえるかどうかについて判断する。

被告の工事続行禁止の通告の主たる理由が、契約上本件建物が総桧造になるべきところ現実にはそうなつていないことにあつたことは当事者間に争いがないが、この点の被告の主張が採用できないことは前記一において判断したとおりである。しかしながら更に前記一において判断したとおり、昭和五三年一二月一一日の段階において、原告がそれまで施工した工事について重大ともいうべき瑕疵を含む多数の契約違反事実がみられるのであり、仮にその修補(例えば柱の取り替え)が可能であるとしても、それは今後工事が進行すればするほど多大の費用を要することになるのであるから、注文主としてとりあえず工事続行の禁止を通告することは正当と言わなければならず、これをもつて被告の責に帰すべき事由によるものと言うことはできないのである。

3  よつて同3の事実はこれを認めることができない。

なお、原告の主張する「被告解除の処理」は、注文者たる被告の責に帰すべき事由によつて契約が解除された場合のことを定めたものであり、本件の如く原告の債務不履行によつて解除された場合はこれに該当しない。また後述する通り本件建物は契約の目的を達することができない程度に当つているから、民法六四一条の適用もない。

4  以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないことが明らかである。

三次に被告の反訴請求について判断する。

1  反訴請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同3の事実自体も当事者間に争いがない。

但し、原告は本件においては本件請負契約の遡及的解除は認められない旨主張するので、以下この点について判断する。

(1) 民法六三五条によれば、請負契約は契約の目的に瑕疵があつてそのために契約の目的を達することができないときに注文者がこれを解除することができる旨規定している(本件は工事途中の契約解除の場合であるから、同条但書の適用はない。)。右に言う「契約の目的に瑕疵があつてそのために契約の目的を達することができない」とは、①瑕疵が重大であつてその修補が不可能である場合、又は②瑕疵の修補が可能であつても請負人がそれを拒絶している場合を意味すると解すべきである。

(2)  ところで、前記一において判断したところによれば、本件建物においてはほとんどの管柱、筋かいが寸法不足であり、垂木、野地板、火打ちなどに著しい粗悪材がみられ、二階屋根部分に工法の欠陥がみられるなどの瑕疵があることが認められるのであるが、これらが前記の通りの程度に至つていることを考えると、これらの瑕疵を修補しようとすれば、その瑕疵の内容からして結局基礎部分を除いて全く新たに建て直さざるをえないことになり、それはもはや修補の域を超えたものに他ならず、要するに本件建物にあつては「修補」は不可能と言わざるをえないのである。なお<証拠>によれば、補修は不可能ではないとされているが、それは物理的意味におけるものであつてそこでいう補修とは実質的には立て直しに他ならず、法的にみれば、本件においては被告に契約解除権を認めて別途工事をやり直す機会を与えるのが妥当というべきである。

(3)  被告の総桧作りの要求は、前記一で判断したとおり根拠のないものであるから、これを原告が拒絶したのは正当であるが、右に判断したとおり本件においては瑕疵の修補が不可能である以上、被告からする本件請負契約の遡及的解除は認められるのである。よつて、原告の主張は採用できない。

3  そこで、同4の主張すなわち被告の損害について判断する。

(1)  契約解除による損害賠償については、解除時に生じた損害を基準とし、その後に生じた損害は債務者が予見することができたものに限り請求できると解すべきである。以下この前提の下に損害額を検討する。

(2)  本件請負契約の成立に際して代金の一部として被告が原告に一〇〇万円を支払つたことは、当事者間に争いがなく契約解除になつた場合、原告が被告に対し右一〇〇万円を返還すべき債務があることは当然である。

(3)  <証拠>によれば、被告は本件請負契約の契約書に貼用した印紙代として一万円を支出したことが認められる。右印紙代は契約費用として本来原、被告双方が折半すべきものであるから、契約が解除された場合、被告は原告に対し右印紙代の半額(五〇〇〇円)を請求できる。

(4)  <証拠>によれば、被告は、上棟式に際して大工に対し祝儀及び飲食代として二一万六四〇〇円を支出したこと、職人茶菓子代として二三〇〇円を支出したことが認められる。これらは社会慣習上の儀礼としてなされたものとして、ここでは右金額のうち一〇万円を被告の損害と認める。

(5)  建築士・住宅工事検査専門建築事務所等の調査費用として、被告が一一万六〇〇〇円を支払つたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

(6)  本件建物の欠陥に関する調査費用、弁護士との打合せや裁判手続のための出頭に要した交通費は、本件訴訟追行のために要した費用に他ならず、訴訟費用の問題として処理すべきものであるから、損害としては認められない。また相談料、寸志、登記簿謄本費用、印鑑証明費用、隣家への土産代は、本来狭義の訴訟費用に属するものであり、その余のものは相当因果関係が疑問な些細な雑費に他ならず、これを被告の損害としては認めるべきものではない。

(7)  <証拠>によれば、被告は本件建物が当初の予定である昭和五三年末までに完成しなかつたため、従前居住していた家屋をその後も引き続き居住用として賃借せざるを得なくなり、合計八八万三一六二円の賃料を支払つたことが認められる。右は本件請負契約解除後に支出したものではあるが、本件請負契約が被告の居住用建物の建築を目的とするものである以上、原告は右の損害発生を予見できたということができる。ただ、建物完成が遅れたことによつて、被告は本来負担すべき完成建物の公租公課及び維持費の支払を免れているわけであるから、右金額全額を被告の損害ということはできず、右金額のうち七〇万円を被告の損害と認めるのが相当である。

(8)  弁護士費用については、本件反訴請求は請負契約の債務不履行による損害賠償を請求しているものであり、このような場合に弁護士費用を別個に損害として認めることはできないので、これを認めることはできない。

(9)  以上によれば、合計一八〇万五〇〇〇円が被告の損害として認められる金額ということになる。

4  被告は反訴請求において昭和五四年五月一〇日以降支払済みに至るまでの年五分の割合による遅延損害金を請求している。しかしながら、原告の被告に対する前記一八〇万五〇〇〇円の損害賠償債務は期限の定めのない債務であるから、被告が原告に対して履行の請求をしたときから遅滞の責任が発生するところ、本件全証拠によるも、本件反訴提起以前に被告が原告に対し具体的な金額の請求をしたとは認められない。したがつて右一八〇万五〇〇〇円の遅延損害金については、本件反訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年二月一一日から発生することになる。

四結論

以上によれば、原告の本訴請求には理由がなく、被告の反訴請求は前記損害金一八〇万五〇〇〇円及び右金員に対する昭和五六年二月一一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があることに帰する。

よつて、原告の本訴請求はこれを全部棄却し、被告の反訴請求は主文第二項掲記の限度においてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(川井重男 西野喜一 永野圧彦)

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